助産師より

【毎日コラム】「朝だけ」の人は、ほとんどいませんでした —— つわりについて、研究で分かっていること

英語でつわりを「モーニング・シックネス(朝の病気)」と呼びます。けれど、実際に朝だけ気持ち悪い人は、ほとんどいませんでした。

つわりは、ありふれているために軽く扱われがちです。「病気じゃないから」「みんな通る道だから」。今日は、研究で分かっていることを順に見ていきます。

1|8割以上が経験します

約9万人の妊婦が参加したエコチル調査では、82.7%に何らかのつわりの症状があり、約11%は重い症状でした。世界の研究をまとめた分析でも、およそ7割(国や調査によって35〜91%)です。

時期については、海外の研究が参考になります。

  • 始まるのは、最後の月経から平均39日(妊娠5〜6週ごろ)
  • ピークは妊娠9週ごろ
  • 妊娠14週までに軽くなる人が50%、22週までで90%

「安定期に入れば治まる」とよく言われますが、14週の時点で治まっているのは半分です。世界の研究では、約4人に1人(23.5%)は妊娠後期まで続いていました。長引いているからといって、異常とは限りません。

そして、同じ研究で朝だけ症状がある人は1.8%、一日中という人が80%でした。「朝だけのはずなのに」と不思議がられたら、この数字を思い出してください。

※時期のデータは英国・カナダの160〜363人の研究です。日本人で時期を細かく調べたデータは、見つかりませんでした。

2|「つわり」と「妊娠悪阻」

つわりが重くなり、治療が必要な状態を妊娠悪阻(にんしんおそ)といいます。頻度は全妊婦の0.5〜2%です。

国際的な定義では、妊娠16週より前に始まり、吐き気・嘔吐の少なくとも一方が重く、ふつうに食べたり飲んだりできず、日常生活が強く制限される状態とされています。

日本の産婦人科診療ガイドラインは、次のように定めています。

  • 休養と、少量ずつ回数を分けた食事・水分(最も強い推奨)
  • 脱水があれば、ブドウ糖を含む点滴にビタミンB1を加える(最も強い推奨)

ビタミンB1を足すのには理由があります。食べられない状態が続いてB1が不足すると、ウェルニッケ脳症という脳の障害を起こすことがあり、後遺症が残る場合があるからです。まれですが、防げるものです。

ガイドラインは、長く動けない状態が血栓のリスクになること、カリウムが下がりやすいことにも注意を促しています。「吐いているだけ」では済まない場合があるのです。

3|受診の目安

ガイドラインが点滴の目安としているのは、次のような場合です。

  • 脱水の様子がある(尿がほとんど出ない・色が濃い、口が渇く、ふらつく)
  • 妊娠前から5%以上体重が減り、水分も口からとれない(50kgの人なら2.5kg)
  • 尿検査でケトン体が強く出続けている

厚生労働省の関連サイトは、1週間に2kg前後の体重減少なども、重症化のおそれがある目安として挙げています。

健診の日を待つ必要はありません。水分がとれない、吐いたものに血が混じる、ぼんやりする・ふらつきが強い、というときは、その日のうちに産院へ連絡してください。「この程度で」と思わなくて大丈夫です。

4|原因について、大きな進展がありました

長いあいだ、つわりの原因ははっきりしていませんでした。2023年末、Nature誌に重要な研究が発表されています。

鍵はGDF15というホルモンです。

  • 妊娠中、お母さんの血液中のGDF15の大部分は、赤ちゃんと胎盤から来ている
  • 血液中のGDF15が高いほど、嘔吐や妊娠悪阻が多い
  • 妊娠前のGDF15が低かった人ほど、妊娠悪阻になりやすい
  • 逆に、もともとGDF15が高い状態にある病気の女性は、つわりがとても少ない

つまり、妊娠前にこのホルモンにあまり触れていなかった人ほど、妊娠で急に増えたときに強く反応する。著者は「重症度は、妊娠前の曝露で決まる母体の感受性に左右される」と結論しています。

治療や予防への応用は、まだ「可能性が示された」段階です。「原因が完全に解明された」とは言えませんし、日本のガイドラインも「原因はわかっていない」としています。

それでも、この研究が示したことの意味は小さくないと思います。つわりの重さは、体の中で起きている、ホルモンへの反応の個人差と結びついていました。重い人と軽い人がいる理由を、気の持ちようで説明する必要はありません。

5|対処法のエビデンス

つわりへの対処法を研究の結論で整理した図。点滴とビタミンB1、休養と少量頻回の食事が推奨

コクランレビュー(41試験)の結論は、率直なものでした——特定の方法を支持する質の高いエビデンスは不足している。

  • ショウガ:有用かもしれないが、根拠は限定的で一貫しない。別の分析では、吐き気は改善したものの、吐く回数には差がありませんでした
  • ビタミンB6:根拠は限定的。日本のガイドラインは吐き気の緩和に使えるものとして挙げています
  • 手首の指圧(P6):根拠は限定的
  • 鍼:有意な効果は示されませんでした

ただし、コクランの著者は「無効という意味ではない」と明記しています。よい研究がまだ足りない、という段階です。害の少ないものを試してみて、合えば続ける、で構いません。

薬については、日本のガイドラインが「制吐薬は、明らかな催奇形性・胎児毒性の報告がなく使用可能」としています。海外で広く使われている配合薬(ドキシラミンとビタミンB6)は、日本ではまだ承認されていません。

薬を使うかどうかは産婦人科で相談することですが、「妊娠中だから薬は一切だめ」ではないことは、知っておいてください。

6|「つわりがあると流産しにくい」という話

米国の研究(797人)で、吐き気がある人は流産が少なく(ハザード比0.50)、吐き気と嘔吐の両方がある人ではさらに少ない(0.25)という関連が報告されています。

つらい最中の方には、少しだけ支えになる数字かもしれません。

ただし、読み方には注意が要ります。これは流産の経験がある女性を対象にした研究で、示されたのは関連であって因果ではありません。そして、同じ研究で妊娠8週の時点でも約16%の人には症状がありませんでした。

つわりがないこと、急に軽くなったことは、何かが悪いというサインではありません。症状のない順調な妊娠は、たくさんあります。

7|仕事を続けながら、の方へ

母性健康管理指導事項連絡カード(母健連絡カード)という制度があります。医師や助産師が、働き方について必要な配慮を書いて、職場に伝えるためのカードです。

男女雇用機会均等法により、事業主は、カードに書かれた指導を守れるよう、勤務時間の変更や勤務の軽減などの措置をとる義務があります。措置を受けたことを理由に不利益な扱いをすることも、法律で禁じられています。

カードの様式には、つわり・妊娠悪阻についての措置の例として、次のようなものが挙げられています。

  • 休業(入院が必要な場合)
  • 勤務時間の短縮
  • においがきつい・換気が悪い・高温多湿な環境での作業の制限
  • 通勤の緩和(時差出勤など)
  • 休憩の配慮

「言い出しにくい」という方は多いのですが、自分から職場に説明する代わりに、医師・助産師の言葉として伝えてくれる道具です。健診のときに「書いてもらえますか」と聞いてみてください。

8|保健室でお手伝いできること

  • 受診が必要かどうかの相談——助産師・看護師が、水分や尿の様子、体重の変化をうかがいます
  • 食べられるものを一緒に探す——「栄養のあるものを」ではなく、「いま口に入るもの」を
  • 上のお子さんを預かる——流山本院は保育士・看護師による託児付きです。横になる時間を作るために使ってください
  • 仕事との両立の相談——母健連絡カードの使い方も含めて
  • つらさを話す——「妊娠はおめでたいことなのに」と言えずにいる気持ちも、ここでは話していただけます

9|今日から持ち帰っていただきたい5つのこと

  1. 日本の妊婦の82.7%が経験します。朝だけの人は1.8%、一日中が80%でした。
  2. 14週で治まるのは半分。4人に1人は後期まで続きます。長引いても異常とは限りません。
  3. 体重が5%以上減る、水分がとれない、尿が出ないときは受診を。点滴とビタミンB1で、重い合併症を防げます。
  4. 重さの違いは、ホルモンへの反応の個人差と結びついていました。気の持ちようではありません。
  5. 働いている方は、母健連絡カードを。職場には配慮する義務があります。

「病気じゃない」は、「我慢しなければならない」という意味ではありません。


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本記事は公開されている研究論文および公的統計にもとづく一般的な情報提供です。症状や発達の原因は人によって異なります。個別の状況については、医療機関や専門職にご相談ください。


参考文献・出典

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  6. 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会『産婦人科診療ガイドライン 産科編2023』CQ201
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  11. Hinkle SN, et al. Association of Nausea and Vomiting During Pregnancy With Pregnancy Loss: A Secondary Analysis of a Randomized Clinical Trial. JAMA Intern Med. 2016;176(11):1621-1627.
  12. 厚生労働省「母性健康管理指導事項連絡カードの活用方法について」/「働く女性の心とからだの応援サイト 妊娠出産・母性健康管理サポート」

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