【毎日コラム】おなかの中で起きていること —— 胎児の発育と、この10か月にできること

妊娠がわかると、急に「してはいけないこと」のリストが増えます。そして調べるほど不安になる——という話を、保健室でもよく伺います。
この記事では、おなかの中で実際に何が、いつ起きているのかを研究のデータで確かめていきます。不安を煽るためではありません。順番と大きさが分かると、心配は「手当て」に変わるからです。
そのためにこの記事では、リスクの数字を出すときにできるだけ「実際に何人に起こるのか」という絶対的な数も一緒に書くようにしました。
1|体の土台は、受精後3〜8週にできあがる
胎児の器官がつくられる時期(器官形成期)は受精後3〜8週で、この時期が外部の影響に対していちばん敏感だとされています。(Sadler TW, Environmental Health Perspectives, 2000;108(Suppl 3):555-561)

週数の数え方について、ひとつ確認させてください。発生学の研究は「受精後週数」で書かれることが多く、母子手帳や産科で使う「妊娠週数」は最終月経から数えるため、受精後週数より約2週間多くなります。上の図は受精後週数です。
つまり——神経管が閉じるのは受精後およそ28日。妊娠検査薬で陽性が出るころには、もう閉じ終わっています。(こども家庭庁「はじめよう プレコンセプションケア」)
これが、次の章の意味です。
2|葉酸は「妊娠がわかってから」では少し遅い
葉酸の効果は、この分野でもっともはっきりしたエビデンスのひとつです。
1991年に発表されたランダム化比較試験(MRC Vitamin Study、1,817人)では、神経管閉鎖障害が葉酸群6例 vs 非葉酸群21例、相対リスク0.28(72%の予防効果)という結果でした。(MRC Vitamin Study Research Group, The Lancet, 1991)
その後の研究をまとめたコクラン・レビューでも、神経管閉鎖障害の発生が相対リスク0.31(95%信頼区間0.17〜0.58、5試験6,708出生)まで下がり、エビデンスの質は「高い」と評価されています。(De-Regil LM ら, Cochrane Database of Systematic Reviews, 2015)
ここで、絶対的な数字を
日本の神経管閉鎖障害の発症率は、1万出生あたり約6件(=0.06%)です。(厚生労働省『妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針 解説要領』令和3年3月)
つまりもともと非常にまれな出来事です。「予防できなかったらどうしよう」と怖がるような頻度ではありません。ただ、まれでありながら、予防できる余地がはっきり示されている——だから推奨されている、という関係です。
日本の推奨量
- 食事からの葉酸:15歳以上の男女で240μg/日
- 妊娠を計画している女性・妊娠の可能性がある女性・妊娠初期の妊婦:これに加えてサプリメントなどから400μg/日
- 摂取すべき時期:妊娠1か月以上前から、妊娠3か月まで
- サプリメントからの上限:1日1,000μgを超えない
なお、日本の30歳未満の女性の葉酸摂取量は、非妊娠時で300μg/日にも達していません(厚労省『解説要領』、平成29年国民健康・栄養調査)。食事だけで足りている状態ではない、ということです。
※神経管閉鎖障害の既往がある方には4mg/日といった高用量が用いられることがありますが、これは医師の管理下での再発予防の用量で、一般の400μgとは桁が違います。自己判断で増やさないでください。
3|「小さく産まれる」子が、この50年で倍に
低出生体重児(2,500g未満)の割合は、最も少なかった1975年の5.1%から増加し、2004年以降は9.5%前後で推移しています。2023年は70,151人・9.65%でした。(こども家庭庁「成育過程にある者等の状況について」2025年3月)
双子などを除いた単胎だけで見ても、低出生体重児の割合は4.6%(1975年)から8.1%(2019年)へ、平均出生体重は3.20kgから3.02kgへと180g減っています。(厚生労働省「令和3年度 出生に関する統計」)
そして国際比較では——厚労省の解説要領が引用するOECDのデータによると、OECD35か国の平均は6.5%で、日本はインドネシア(11.1%)、コロンビア(9.5%)に次いで3位の高さでした(原典:OECD『Health at a Glance 2017』)。
日本は、先進国のなかで小さく産まれる子が多い国です。これは個人の努力の話ではなく、社会全体の傾向の話です。
背景にある「やせ」
日本の若年女性のやせ(BMI18.5未満)の割合は、20歳代で21.7%、30歳代で13.4%(平成29年国民健康・栄養調査、厚労省『解説要領』)。5人に1人以上です。
日本人34研究をまとめたメタ分析では、妊娠前のやせが——
- 低出生体重児:オッズ比1.61(95%信頼区間1.38〜1.86)
- 在胎週数に対して小さい(SGA):オッズ比1.59
- 早産:オッズ比1.23
- 平均出生体重は115g低い(95%信頼区間 −128 〜 −102g)
(Kobayashi S ら, Journal of Epidemiology, 2026;36(8):243-256)
ここでも絶対的な数字を見てください。オッズ比1.6という数字の中身は、出生体重にして平均115gの差です。相対値の印象より、実際の変化はずっと小さい。不安になるための数字ではなく、食べることを大事にする理由の数字として受け取っていただきたいと思います。
98,052人を対象にした全国コホートでは、妊娠中期から分娩までの体重増加が2kg未満であることが低出生体重のリスクと関連していました。(Uchinuma H ら, International Journal of Obesity, 2021;45:2666-2674)
2021年に改定された「妊娠中の体重増加指導の目安」は、低体重(BMI18.5未満)で12〜15kg、ふつうで10〜13kg。そしてこの表には「増加量を厳格に指導する根拠は必ずしも十分ではないと認識し、個人差を考慮したゆるやかな指導を心がける」という注記がついています。(日本産科婦人科学会/厚生労働省通知 令和3年3月31日)
4|なぜ出生体重が気にされるのか——DOHaDという考え方
「小さく産まれること」が注目される背景には、DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)という考え方があります。胎児期・乳児期の環境が、成人後の病気のリスクに影響するという仮説です。
提唱者のBarkerは、「妊娠中期から後期の胎児の低栄養が、後年の冠動脈疾患をプログラムする」と述べました。(Barker DJP, BMJ, 1995;311(6998):171)
この仮説を検証する「自然実験」になったのが、第二次大戦末期のオランダの飢餓(飢餓の冬)です。その時期に胎内にいた人を約50歳まで追跡した研究の結果は——
- 冠動脈疾患の有病率:妊娠初期に飢餓を経験した群8.8% vs 非経験群3.2%
- オッズ比3.0(95%信頼区間1.1〜8.1)、出生体重で調整後も3.2
(Roseboom TJ ら, Heart, 2000;84(6):595-598)
3倍という相対値の中身は、100人に9人 対 100人に3人です。耐糖能についても、飢餓を経験した群の血糖値の差は平均0.4〜0.5 mmol/L(約7〜9 mg/dL)という水準でした。(Ravelli ACJ ら, The Lancet, 1998;351(9097):173-177)
そしてこれは戦時下の極端な飢餓のデータです。日常の食生活にそのまま当てはまるものではありません。ただ、「食べること」が次の世代につながっている、という方向性は示しています。
5|たばことお酒について、正確に
厚生労働省の検討会報告書は、妊婦の能動喫煙と早産・低出生体重/胎児発育遅延・乳幼児突然死症候群(SIDS)の関係を、「レベル1=科学的証拠は因果関係を判定するのに十分」と判定しています。(厚生労働省『喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書(概要)』平成28年8月)
日本人9,369人のコホートで測られた出生体重の差は、男児136.4g、女児124.5gでした。(Suzuki K ら, Journal of Epidemiology, 2016;26(7):371-377)
飲酒については、公的資料が明確に書いています。「飲酒量や飲酒時期による安全域はないと考えられている」「ここまでなら大丈夫という飲酒量のしきい値はわかっていません」。(厚労省『解説要領』/e-ヘルスネット「胎児性アルコール・スペクトラム障害」)
なお日本の妊婦の喫煙率は2018年2.4%→2020年2.0%、飲酒率は1.2%→0.8%と減ってきています。(厚生労働省「健やか親子21(第2次)の指標」)
もし妊娠に気づく前に飲んでいた・吸っていた、という方へ。過去を戻すことはできません。できるのは今日からやめることで、その効果はちゃんとあります。責める材料ではなく、切り替えるための情報として受け取ってください。
6|おなかの中で、もう「聞いている」
ここからは、少し明るい話をさせてください。
胎児の聴覚の発達を調べた研究によると——
- 在胎19週で、500Hzの音への最初の反応が現れる
- 在胎27週では96%の胎児が250Hzと500Hzに反応(ただし1000Hz・3000Hzには反応なし)
- 1000Hzには33週、3000Hzには35週で全員が反応するようになる
- すべての周波数で、反応に必要な音圧が20〜30dB下がる(=小さな音でも聞こえるようになる)
そして満期の胎児60人に、母親の声と知らない女性の声を聞かせた研究があります。結果は——母親の声には心拍数が増加し、知らない女性の声には心拍数が減少。どちらの反応も4分間続きました。著者らはこれを「経験が胎児の音声処理に影響を与えている」証拠としています。(Kisilevsky BS ら, Psychological Science, 2003;14(3):220-224)
触覚についても、受精後7〜8週には口のまわりへの接触に反応し、10〜12週には自分の顔に手を触れる動きが頻繁に観察されます。25週ごろには「ラ」「マ」といった音に対して特定の口の開き方をするという報告もあります。(Fagard J ら, Frontiers in Neurorobotics, 2018;12:23)
話しかけることに、意味はあります。それは気分の問題ではなく、観察されている事実です。
7|ストレスについて、いちばん誠実な数字
「ストレスが赤ちゃんに悪い」と聞いて、さらにストレスを抱えてしまう——という悪循環を、私たちは何度も見てきました。だからここは、いちばん丁寧に書きます。
日本のエコチル調査(63,413人)で、妊娠中と産後の心理的苦痛と子どもの自閉スペクトラム症(ASD)との関連を調べた研究があります。
- ASDの絶対的な発生率は、全体で2.43%(男児3.76%、女児1.04%)
- 妊娠前半のみ心理的苦痛があった場合、男児で調整オッズ比1.24(95%信頼区間1.01〜1.51)——下限がぎりぎり1.01で、関連はごく弱い
- むしろ産後1年の心理的苦痛のほうが関連が強い(男児 調整オッズ比1.54)
(Nishigori ら, Scientific Reports, 2026)
読み取れることは3つです。①絶対的な頻度は2.43%という水準。②妊娠中のストレスとの関連はごく弱い。③関連が強いのは産後の側。
つまり「妊娠中にイライラしてしまった」ことを責める根拠は、このデータにはありません。そして同時に、産後の母親の心の状態を支えることには、はっきりした意味があるということでもあります。
8|まとめ:おなかの中の10か月にできること
- 葉酸は妊娠1か月以上前から。神経管が閉じるのは受精後28日。気づいてからでは遅い時期があります
- 食べることを大事にする。日本の若年女性は5人に1人以上がやせ。「増やさない」より「足りている」が課題です
- たばこ・お酒は今日からやめる。過去は問題ではなく、これからに効果があります
- 話しかける。19週から聞こえはじめ、満期には母親の声を聞き分けています
- 自分のストレスを責めない。データが示しているのは、むしろ産後の支えの重要性です
9|保健室でしていること
妊娠中は、体重も血圧も血糖も測られ続ける時間です。数字が並ぶと、どうしても「できていない自分」を探してしまう。けれどこの10か月に本当に必要なのは、管理されることではなく、支えられることだと思っています。
流山本院では、理学療法士・助産師・看護師・保育士が多職種チームでマタニティケアにあたっています。安全な出産に向けた身体作り(腰痛、骨盤、姿勢、骨盤底筋)と、食事のこと、気持ちのこと、胎児の発育について——どこから相談していただいても構いません。勝どき出張院は完全個室なので、人目を気にせず過ごしていただけます。
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そして産後の支えを、妊娠中から知っておいてください。上のエコチル調査が示していたのは、産後の心の状態の重要性でした。流山本院は生後1か月から託児をお受けしています。「産んだあとに行ける場所がある」と知っていることが、この10か月の安心をひとつ増やすはずです。
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女性とこどもの保健室は、理学療法士・助産師・看護師・保育士が連携して、妊活から更年期まで女性の体をみる施設です。流山本院は保育士・看護師による託児付き(生後1か月からお預かりしています)、勝どき出張院は完全予約制のプライベートサロン、横浜は産婦人科医と連携した骨盤底筋ケアを行っています。

「病院に行くほどではないけれど、誰かに診てもらいたい」——その段階でのご相談を、いちばん歓迎しています。
本記事は公開されている研究論文および公的統計にもとづく一般的な情報提供です。症状の原因は人によって異なります。個別の状況については、医療機関や専門職にご相談ください。
参考文献・出典
- Sadler TW「Susceptible periods during embryogenesis of the heart and endocrine glands」Environmental Health Perspectives. 2000;108(Suppl 3):555-561. 全文
- Donovan MF, Cascella M「Embryology, Weeks 6-8」StatPearls(NCBI Bookshelf NBK563181). 全文
- こども家庭庁「はじめよう プレコンセプションケア(葉酸)」ページ
- MRC Vitamin Study Research Group「Prevention of neural tube defects」The Lancet. 1991. PDF
- De-Regil LM ら「Effects and safety of periconceptional oral folate supplementation for preventing birth defects」Cochrane Database of Systematic Reviews. 2015;CD007950.pub3. 要約
- 厚生労働省『妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針 解説要領』令和3年3月. PDF
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「葉酸とサプリメント」ページ
- こども家庭庁「成育過程にある者等の状況について」2025年3月12日. PDF
- 厚生労働省「令和3年度 出生に関する統計」PDF
- Kobayashi S ら「Impact of Maternal Underweight on Infant and Maternal Outcomes in Japanese Women」Journal of Epidemiology. 2026;36(8):243-256. J-STAGE
- Uchinuma H ら「Gestational body weight gain and risk of low birth weight or macrosomia in women of Japan」International Journal of Obesity. 2021;45:2666-2674. 論文
- 厚生労働省子ども家庭局母子保健課「妊娠中の体重増加指導の目安について」令和3年3月31日. PDF
- Barker DJP「Fetal origins of coronary heart disease」BMJ. 1995;311(6998):171. 論文
- Roseboom TJ ら「Coronary heart disease after prenatal exposure to the Dutch famine, 1944-45」Heart. 2000;84(6):595-598. 論文
- Ravelli ACJ ら「Glucose tolerance in adults after prenatal exposure to famine」The Lancet. 1998;351(9097):173-177. 書誌
- 厚生労働省『喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書(概要)』平成28年8月. PDF
- Suzuki K ら「Association Between Maternal Smoking During Pregnancy and Birth Weight(エコチル調査)」Journal of Epidemiology. 2016;26(7):371-377. J-STAGE
- 厚生労働省 e-ヘルスネット「胎児性アルコール・スペクトラム障害」ページ
- 厚生労働省「『健やか親子21(第2次)』の指標(中間評価以降)」PDF
- Hepper PG, Shahidullah BS「Development of fetal hearing」Archives of Disease in Childhood Fetal and Neonatal Edition. 1994;71(2):F81-F87. 全文
- Kisilevsky BS ら「Effects of Experience on Fetal Voice Recognition」Psychological Science. 2003;14(3):220-224. 論文
- Fagard J ら「Fetal Origin of Sensorimotor Behavior」Frontiers in Neurorobotics. 2018;12:23. 論文
- Nishigori ら「Sex-specific associations between maternal prenatal and postnatal psychological distress and autism spectrum disorder in the Japan Environment and Children’s Study」Scientific Reports. 2026. 論文

