【毎日コラム】妊娠中は、動いていい —— 「安静に」の前に知ってほしい体のケア

「妊娠中は無理をしないで」「重いものは持たないで」。周りからそう言われて、動くこと自体が怖くなってしまう方がいます。一方で「運動したほうがいいと聞いたけれど、何をどこまでやっていいのか分からない」という声も、同じくらい多く届きます。
研究が示しているのは、はっきりした答えです。禁忌がなければ、妊娠中は動いていい。むしろ動いたほうがいい——ただし、やり方には条件があります。この記事では、その線引きを国内外のデータで確かめていきます。
1|まず現実を。日本の妊婦は、かなり動いていません
エコチル調査(全国の妊婦92,796人)で妊娠中の身体活動量を測ったところ、中位値は8.2 METs・時/週でした。そして活動量が「とても低い」群は、中程度の群に比べて早産のリスクが有意に高いという結果が出ています(オッズ比1.16、95%信頼区間1.05〜1.29)。(Takami ら, PLOS ONE, 2018)
さらに、同じエコチル調査の宮城ユニットセンターによる追加調査では、低身体活動に該当する女性の割合が妊娠前51.7%、妊娠中64.5%、産後1.5年では92.0%にのぼりました。(山田ら「運動疫学研究」2021;23(1):70-83)
産後1.5年で9割以上。これは個人の意志の問題ではなく、この時期の生活がそうさせている、ということだと思います。だからこそ「妊娠中から、動ける体を保っておく」ことの意味が大きくなります。
2|腰痛は「よくあること」。そして運動で軽くなる
34件のランダム化比較試験・5,121人をまとめたコクラン・レビューによれば、妊婦の3分の2以上が腰痛を経験し、約5分の1が骨盤痛を経験します。日本の調査でも、妊婦117名のうち70.7%が妊娠末期までに腰痛を発症していました。(安田ら「日本助産学会誌」2017;31(1):44-53)
そして同じコクラン・レビューは、対処法についてこう報告しています。
- 陸上での運動は腰痛を有意に軽減(標準化平均差 −0.64、7試験645人)。機能障害も改善(−0.56)
- 8〜12週間の運動プログラムで、痛みの報告が減少(リスク比0.66、4試験1,176人)
- 痛みによる病欠も減少(リスク比0.76、2試験1,062人)
- いずれの研究でも、持続的な副作用は報告されなかった
(Liddle SD, Pennick V, Cochrane Database of Systematic Reviews, 2015)
エビデンスの質は「低〜中」とされていますが、安全性の面で懸念が出ていないことは、迷っている方にとって大きな意味を持つ情報だと思います。
3|運動は、妊娠合併症を実際に減らしている
ここが最も強いエビデンスです。106研究・273,182人を統合したメタ分析によると、運動のみの介入で次の結果が出ています。
- 妊娠糖尿病:オッズ比0.62(95%信頼区間0.52〜0.75)
- 妊娠高血圧:オッズ比0.61(0.43〜0.85)
- 妊娠高血圧腎症:オッズ比0.59(0.37〜0.90)
いずれも約4割の発症リスク低下です。必要な量も示されていて、「これらのリスクを少なくとも25%下げるには、週600 MET・分以上の中強度運動——たとえば速歩や水中エアロビクス、固定式自転車、筋力トレーニングを週140分」とされています。(Davenport MH ら, British Journal of Sports Medicine, 2018;52(21):1367-1375)
興味深いのは、運動と食事指導を組み合わせた介入では、同様の予防効果が確認されなかったことです。効いていたのは運動単独の介入でした。
日本の『産婦人科診療ガイドライン―産科編2020』も、CQ107で「禁忌のない妊婦における適度な有酸素運動は早産や低出生体重児を増加させず、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、帝王切開分娩等を減少させる可能性がある」(推奨レベルB)と記載しています。(日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会)

4|どのくらい動けばいいのか——国際基準と日本の基準
ここで少し戸惑うことが起きます。国際的なガイドラインと日本の学会基準では、示している数字が違うのです。

WHOの2020年ガイドラインと2019年のカナダのガイドラインは、いずれも週150分以上の中強度有酸素運動を、週3日以上に分けて行うことを強く推奨しています。有酸素運動と筋力強化運動を組み合わせることについては、エビデンスの質が「高」と評価されています。そして骨盤底筋トレーニングを毎日行うと尿失禁リスクを下げられる可能性も示されています。(WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour, 2020/Mottola MF ら, British Journal of Sports Medicine, 2018;52(21):1339-1346)
一方、日本臨床スポーツ医学会の「妊婦スポーツの安全管理基準」は、週2〜3回・1回60分以内・心拍数150拍/分以下、開始は原則妊娠12週以降、16週以降は仰臥位になる運動を避けるとしています。(日本臨床スポーツ医学会 産婦人科部会)
数字が違って見えますが、役割が違います。国際基準は「これくらい動くと健康効果が出る」という下限、日本の基準は「ここを超えないように」という安全側の上限です。両方を並べると、速歩なら1日20〜30分を週3日、心拍が上がりすぎない範囲で——というあたりが現実的な着地点になります。
動いてはいけないとき、やめるべきとき
カナダのガイドラインは、絶対禁忌を明示しています。前期破水、早産陣痛、原因不明の持続性出血、28週以降の前置胎盤、妊娠高血圧腎症、子宮頸管無力症、胎児成長制限、3胎以上の多胎、コントロール不良の1型糖尿病・高血圧・甲状腺疾患、重篤な心血管/呼吸器/全身性疾患。これらがある場合は運動を行いません。
また、運動中に次のサインが出たら中止して受診です。持続する過度の息切れ、強い胸痛、規則的で痛みを伴う子宮収縮、性器出血、破水を思わせる液体の流出、持続するめまい。
必ず、主治医に確認してから始めてください。これは形式的な注意ではなく、上のリストのいくつかは自分では判断できないからです。
5|尿もれは「産後の話」ではありません
44研究・88,305人をまとめた解析によると、妊娠中の尿失禁の有病率は41.0%。うち腹圧性尿失禁が63%を占め、26%は毎日の漏れを報告していました。(Moossdorff-Steinhauser HFA ら, International Urogynecology Journal, 2021;32:1633-1652)
そしてここに、妊娠中にできる最も確実な予防があります。46試験・10,832人のコクラン・レビューによれば、まだ尿もれのない妊婦が妊娠早期から構造化された骨盤底筋トレーニングを行うと——
- 妊娠後期の尿失禁リスクが約62%低下(リスク比0.38、6試験624人、中等度の質)
- 産後3〜6か月の尿失禁リスクが約29%低下(リスク比0.71、5試験673人、高い質)
一方で、すでに尿もれがある妊婦への治療効果は確認されていません。(Woodley SJ ら, Cochrane Database of Systematic Reviews, 2020)
つまり「今まだ大丈夫な人が、今始めること」にいちばん価値がある。予防としてこれほど条件のそろった介入は、そう多くありません。
6|体重のことで、自分を責めないでください
2021年に改定された日本の「妊娠中の体重増加指導の目安」は次の通りです。
| 妊娠前の体格(BMI) | 体重増加の目安 |
|---|---|
| 低体重(18.5未満) | 12〜15kg |
| ふつう(18.5以上25.0未満) | 10〜13kg |
| 肥満1度(25.0以上30.0未満) | 7〜10kg |
| 肥満2度以上(30.0以上) | 個別対応(上限5kgまでが目安) |
この表には、とても大事な注記がついています。「増加量を厳格に指導する根拠は必ずしも十分ではないと認識し、個人差を考慮したゆるやかな指導を心がける」。(日本産科婦人科学会/厚生労働省通知 令和3年3月31日)
運動については、84研究・21,530人のメタ分析で、運動のみの介入により総体重増加が0.9kg少なく、過度の体重増加がオッズ比0.68まで下がる一方で、「不十分な体重増加」はむしろ増えていました(オッズ比1.32、エビデンスの質は「高」)。(Ruchat S-M ら, British Journal of Sports Medicine, 2018;52(21):1347-1356)
増えすぎも、増えなさすぎも、どちらもリスクです。運動は体重を落とすためのものではなく、体を動かせる状態に保つためのもの、と考えていただくのがいいと思います。
7|眠れないこと、気持ちが沈むことにも効きます
妊娠第3三半期の不眠の有病率は42.4%(10研究8,798人)。(Salari N ら, BMC Pregnancy and Childbirth, 2021)日本のメタ分析では、妊娠中期のうつが14.0%、妊娠後期が16.3%と報告されています。(Tokumitsu K ら, Annals of General Psychiatry, 2020;19:41)
そして運動は、ここにも効きます。52研究・131,406人のメタ分析では、妊娠中のうつ症状の重症度が標準化平均差 −0.38(13試験1,076人)、うつのオッズが0.33(5試験683人)まで下がりました。効果を得るための目安は週644 MET・分——中強度運動で約150分です。(Davenport MH ら, British Journal of Sports Medicine, 2018;52(21):1376-1385)
睡眠についても、14試験1,541人のメタ分析で睡眠障害の改善が示されています(標準化平均差 −1.48。ただし研究間のばらつきが非常に大きい点は留保が必要)。サブグループでは水中運動と1回60分以上のセッションで効果が明確でした。(Liu D ら, BMC Pregnancy and Childbirth, 2025)
なお、つわり(妊娠悪心・嘔吐)は妊婦の最大70%に起こります。(Fejzo MS ら, Nature Reviews Disease Primers, 2019;5:62)この時期に運動できないのは当然です。落ち着いてから、で構いません。
8|まとめ:妊娠中にしておきたい4つのこと
- 主治医に「運動していいか」を確認する。禁忌の有無は自分では判断できません
- 週150分を目標に、速歩など中強度の運動を週3日以上。ただし心拍150拍/分以下、1回60分以内で
- 骨盤底筋トレーニングは毎日。今まだ尿もれのない人にこそ、予防効果がはっきり出ています
- 体重の数字に振り回されない。増えすぎも増えなさすぎもリスク。学会自身が「ゆるやかな指導を」と書いています
9|保健室でしていること
「動いていい」と分かっても、何をどう動かせばいいかは人によって違います。すでに腰が痛い人、骨盤に響く人、つわりが長引いた人、もともと運動習慣がなかった人——出発点がまるで違うからです。
流山本院ではマタニティケアとして、理学療法士が今の姿勢と体の使い方を確認したうえで、その方の週数と状態に合った動き方をお伝えしています。骨盤底筋については、実際に収縮できているかを確認するところから始めます。勝どき出張院では完全個室でマタニティケアを受けていただけます。
そして産後を見越して、託児のある場所を妊娠中から知っておいていただくことにも意味があると考えています。産後1.5年で9割が低身体活動になる、というデータを思い出してください。あれは「行ける場所がない」ことの結果でもあります。
ご相談・ご予約
女性とこどもの保健室は、理学療法士・助産師・看護師・保育士が連携して、妊活から更年期まで女性の体をみる施設です。流山本院は保育士・看護師による託児付き(生後1か月からお預かりしています)、勝どき出張院は完全予約制のプライベートサロン、横浜は産婦人科医と連携した骨盤底筋ケアを行っています。

「病院に行くほどではないけれど、誰かに診てもらいたい」——その段階でのご相談を、いちばん歓迎しています。
本記事は公開されている研究論文および公的統計にもとづく一般的な情報提供です。症状の原因は人によって異なります。個別の状況については、医療機関や専門職にご相談ください。
参考文献・出典
- Takami M ら「Effects of physical activity during pregnancy on preterm delivery and mode of delivery: The Japan Environment and Children’s Study」PLOS ONE. 2018. 論文
- 山田綾ら「日本人女性における妊娠・出産・育児に伴う身体活動量の経時変化とその要因」運動疫学研究. 2021;23(1):70-83. J-STAGE
- Liddle SD, Pennick V「Interventions for preventing and treating low-back and pelvic pain during pregnancy」Cochrane Database of Systematic Reviews. 2015;CD001139.pub4. 要約
- 安田李香ら「妊娠期の体重増加と腰痛発症時期との関連及び対処法」日本助産学会誌. 2017;31(1):44-53. J-STAGE
- Davenport MH ら「Prenatal exercise for the prevention of gestational diabetes mellitus and hypertensive disorders of pregnancy」British Journal of Sports Medicine. 2018;52(21):1367-1375. 論文
- 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会「産婦人科診療ガイドライン―産科編2020」CQ107. 公開要約
- World Health Organization「WHO Guidelines on Physical Activity and Sedentary Behaviour」2020. 全文
- Mottola MF ら「2019 Canadian guideline for physical activity throughout pregnancy」British Journal of Sports Medicine. 2018;52(21):1339-1346. 論文
- 日本臨床スポーツ医学会 産婦人科部会「妊婦スポーツの安全管理基準」日本臨床スポーツ医学会誌. PDF
- Moossdorff-Steinhauser HFA ら「Prevalence, incidence and bothersomeness of urinary incontinence in pregnancy」International Urogynecology Journal. 2021;32:1633-1652. 論文
- Woodley SJ ら「Pelvic floor muscle training for preventing and treating urinary and faecal incontinence in antenatal and postnatal women」Cochrane Database of Systematic Reviews. 2020;CD007471.pub4. 要約
- 厚生労働省子ども家庭局母子保健課「妊娠中の体重増加指導の目安について」令和3年3月31日/日本産科婦人科学会. PDF
- Ruchat S-M ら「Effectiveness of exercise interventions in the prevention of excessive gestational weight gain and postpartum weight retention」British Journal of Sports Medicine. 2018;52(21):1347-1356. 論文
- Salari N ら「Prevalence of insomnia in the third trimester of pregnancy」BMC Pregnancy and Childbirth. 2021. 論文
- Tokumitsu K ら「Prevalence of perinatal depression among Japanese women: a meta-analysis」Annals of General Psychiatry. 2020;19:41. 論文
- Davenport MH ら「Impact of prenatal exercise on both prenatal and postnatal anxiety and depressive symptoms」British Journal of Sports Medicine. 2018;52(21):1376-1385. 論文
- Liu D ら「The effect of physical activity on sleep disorders in pregnant people」BMC Pregnancy and Childbirth. 2025. 論文
- Fejzo MS ら「Nausea and vomiting of pregnancy and hyperemesis gravidarum」Nature Reviews Disease Primers. 2019;5:62. 論文


