【毎日コラム】母乳について、正確に知ると楽になること —— 授乳と、母親のからだ

授乳の話は、書くのに少し緊張します。母乳でも、ミルクでも、混合でも、どの方法を選んだ方にも「これでよかったのか」という気持ちが残りやすいテーマだからです。
今日は、研究で分かっていることを、強いものも弱いものもそのまま並べます。知ることで少し楽になる部分があると思っています。
1|いちばん多い困りごとは「足りているか分からない」
厚生労働省の乳幼児栄養調査(平成27年度・3,871人)によると、生後1か月の栄養方法は母乳栄養51.3%、混合栄養45.2%、人工栄養3.6%でした。生後3か月では母乳54.7%、混合35.1%、人工10.2%です。
授乳で困ったことの第1位は「母乳が足りているかどうかわからない」40.7%。「母乳が不足気味」20.4%、「授乳が負担・大変」20.0%と続きます。
そして、何かしら困ったことがあると答えた人の割合は、混合栄養で88.2%、人工栄養で69.8%、母乳栄養で69.6%でした。いちばん迷いが多いのは、混合の方です。足すべきか、足しすぎか。毎回の判断を一人で引き受けているのですから、当然だと思います。
もう一つ。妊娠中に「ぜひ母乳で育てたい」と考えていた人は43.0%、「母乳が出れば母乳で」が50.4%でした。そして「ぜひ母乳で」と思っていた人のうち、実際に1か月時点で母乳栄養だったのは67.6%です。3人に1人は、思っていた形にはなっていません。意向と結果が一致しないのは、珍しいことではないのです。
※この調査は平成27年(2015年)のものが、公表されている最新です。令和7年に次の調査が行われましたが、結果はまだ公表されていません。
2|公的な推奨は、こう書いています
WHOは、生後6か月間は母乳のみ、その後は補完食(離乳食)を加えながら2歳以降まで授乳を続けることを推奨しています。
一方、日本の「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」は、少し違う書き方をしています。
- 「いつまで乳汁を継続することが適切かに関しては、母親等の考えを尊重して支援を進める」
- 「母乳だけにこだわらず、必要に応じて育児用ミルクを使う等、適切な支援が必要」
- 育児用ミルクを選ぶ場合は「その決定を尊重するとともに母親の心の状態等に十分に配慮」
日本のガイドは、やめる時期の数字を示していません。離乳の完了についても「母乳または育児用ミルクを飲んでいない状態を意味するものではない」と注記しています。
米国小児科学会の方針声明(2022年)も、母乳を推奨したうえでこう書いています——「最善を尽くしても、母乳育児がいつも可能とは限らない。そうした母親と家族には、特別な支援が必要である」。
3|母乳の利益を、根拠の強さで並べます
「母乳で育てるとIQが高くなる」「アレルギーになりにくい」。よく聞く話です。実際のところを整理しました。

比較的しっかりしているもの:乳児期の感染症
Lancet誌の大規模なメタ分析(2016年)では、母乳育児は5歳未満の下痢を約3割、2歳未満の呼吸器感染を約3割減らしていました。生後6か月未満の下痢に限ると、さらに大きな差です。国や所得水準が違っても、同じ方向の結果が出ています。
一貫しているもの:母親自身の乳がんリスク
30か国・47研究、乳がんの女性約5万人と対照約9.7万人を解析した研究では、授乳期間が12か月長くなるごとに、乳がんのリスクが4.3%低下していました。出産回数とは独立した関連です。ただしすべて観察研究で、比較試験はありません。
思ったより弱いもの:IQ
観察研究をまとめると、母乳で育った子のIQは3ポイントほど高い、という結果になります。ただし高所得国では、母乳育児をする家庭ほど社会経済的に恵まれている傾向があり、その影響を取り除ききれません。
そこで重要になるのが、ベラルーシで行われた唯一の大規模なランダム化試験(PROBIT試験・17,046人)です。母乳育児を推進した病院で生まれた子どもたちを追跡したところ、6歳半では言語性IQに差がありましたが、16歳の時点では、全体の認知機能に差はありませんでした。著者の結論は「全体的な認知機能への利益は認められなかった」です。
根拠が乏しいもの:アレルギーの予防
同じPROBIT試験で、6歳半の時点でアレルギー症状・診断・皮膚テストのいずれも、リスクは下がっていませんでした。Lancet誌のメタ分析も「アレルギー疾患を防ぐという明確な証拠はなかった」としています。
そして日本小児アレルギー学会のガイドライン(2021年)は、はっきりこう書いています——「完全母乳栄養が小児期の食物アレルギー発症予防という点に(優れているという)十分なエビデンスはない」。
「ミルクを足したからアレルギーになったのでは」と自分を責めている方に、この一文をお伝えしたいです。
4|乳腺炎の対処は、2022年に方針が変わりました
乳腺炎は、海外の追跡研究で授乳中の女性の約18〜20%に起きています。多くは産後1か月から7週以内です。日本の発生率のデータは、今回確認できませんでした。
「詰まったら、しっかり搾る。強くマッサージしてほぐす。温める」。そう教わった方が多いと思います。
国際的な母乳育児医学の学会(ABM)は、2022年に改訂した指針で、この考え方を大きく変えました。
- 深いマッサージは避ける——「炎症、組織のむくみ、細かい血管の損傷を増やす」。電動歯ブラシなど振動する器具も避ける
- 「空にする」ことを目指さない——赤ちゃんが欲しがるときに授乳する。痛い側から余分に飲ませたり、搾りきったりすると、作られる量が増えて、むくみと炎症が長引く
- 温めるより、冷やす——氷と消炎鎮痛薬がむくみと炎症を和らげる。温めると血管が広がって悪化することがある(楽になる人もいる)
- 炎症だけの段階では、抗菌薬は使わない
ただし、正確に書いておきます。この指針の推奨の多くは、根拠の強さとしては最も弱い段階に分類されています。専門家からの批判論文も出ており、議論は続いています。「新しい方法が正しいと証明された」というより、「従来の方法が害になりうると考えられるようになった」という段階です。
確かなのは、高い熱が出る、赤みが広がる、硬いしこりが残る、1〜2日たっても良くならないときは受診が必要だということです。乳腺炎の3〜11%は膿瘍に進むとされています。そして、乳腺炎になっても授乳をやめる必要はありません。
5|授乳中の骨は減ります。そして戻ります
完全母乳の場合、お母さんは母乳を通じて1日平均210mgのカルシウムを失います。
そのため、授乳を始めて3〜6か月の間に、腰椎の骨密度は平均5〜10%低下します。数字だけ見ると驚きますが、これは生理的な変化です。
そして断乳後に回復します。スウェーデンで25歳から35歳まで追跡した研究では、断乳から6か月以内の女性は大腿骨の骨密度が6.6%低かったのに対し、断乳から2年以上たつと差は1.7%まで縮まり、最終的には出産していない同年齢の女性と変わらなくなっていました。
総説も「授乳歴は、将来の骨密度の低さや骨折のリスクを上げない。むしろ防ぐ方向の報告もある」とまとめています。
ここで大事なことが一つ。「授乳中はカルシウムをたくさんとらないと」と思われがちですが、日本人の食事摂取基準(2025年版)は、授乳婦のカルシウムに付加量を設定していません。授乳中は腸からの吸収が増え、尿への排泄が減るので、体のほうが調整してくれるからです。
上乗せは要りません。ただし、ふだんの推奨量(1日650mg)は満たす必要があります。以前のコラムで書いたとおり、日本の若い女性の平均は389mgでした。足りていないのは、授乳中に限った話ではないのです。
6|授乳中に、上乗せが必要なもの
食事摂取基準(2025年版)で、授乳中に付加量が設定されている主なものです。
- エネルギー:+350kcal/日
- たんぱく質:+20g/日
- 鉄:+2.0mg/日
- 葉酸:+100μg/日
- カルシウム:付加なし
350kcalは、おにぎり2個分くらいです。授乳中に「産後だから体重を戻さなきゃ」と食事を減らすと、この上乗せ分がまるごと不足します。授乳中は、食べる量を増やす時期です。
7|「ミルクにすれば眠れる」は、本当か
夜間の授乳がつらくて、「ミルクに切り替えたら少しは眠れるのでは」と考える方は多いと思います。
7研究・6,472人をまとめた分析(2023年)では、母乳育児の母親のほうが、夜間の睡眠がやや長いという結果でした。差はわずかで、すべて観察研究なので因果は分かりません。添い寝の習慣やパートナーの関わり方など、他の要因が関わっている可能性があります。
言えるのは、「ミルクにすればお母さんが眠れる」ことを支持するデータは、いまのところないということです。眠れないのは授乳方法のせいではないかもしれません。夜を誰とどう分担するか、のほうが大きいのだと思います。
8|やめる時期に、「正解」は示されていません
「1歳になったら断乳」「歯が生えたらやめないと虫歯に」。まわりからいろいろ言われる時期です。
今回調べた範囲で、「何歳までにやめるべき」という上限を定めた公的なガイドラインや研究は、見つかりませんでした。WHOと米国小児科学会が示しているのは「2歳以降まで続けてよい」という目安で、日本のガイドは「母親等の考えを尊重」です。
やめ方(少しずつ減らすか、一度にやめるか)を比べた研究も、確認できませんでした。分かっているのは、ノルウェーの約8万人の調査で、産後1か月以内の乳腺炎が、突然の授乳中止と関連していたことくらいです。
続けるのも、やめるのも、どちらも根拠に反していません。ご自身の体と生活に合わせて決めていいことです。
9|薬のことは、ここに聞けます
「授乳中だから薬は飲めない」と我慢している方へ。
国立成育医療研究センターの「妊娠と薬情報センター」が、授乳中に安全に使用できると考えられる薬の一覧を公開しています(2025年8月改訂)。事前予約制の「授乳中のお薬相談」窓口もあります。
同センターは、こうも書いています——「研究がないためこの表に記載していない薬であっても、授乳中にも安全に使用できると考えられる薬もある」。一覧にない=危険、ではありません。
以前のコラムで書いたとおり、造影MRIなどの検査でも、授乳を中断する必要はないとされています。自己判断でやめたり我慢したりする前に、医師・薬剤師に「授乳中です」と伝えて相談してください。
10|保健室でお手伝いできること
女性とこどもの保健室には、助産師・看護師・理学療法士・保育士がいます。
- 「足りているか分からない」を一緒に確認する——4割の方が抱える不安です。体重の増え方やおむつの様子から、助産師が一緒に見ます
- 混合の「足し方」の相談——いちばん迷いが多いところです
- 授乳で痛めた体をみる——首、肩、手首、腰。理学療法士が、楽な抱き方を一緒に探します
- 受診が必要な乳房トラブルを見分ける
- やめる・続けるの相談——どちらを選んでも、その選択を支えます
- 預かる——流山本院は保育士・看護師が生後1か月からお預かりします。授乳の合間に、まず休んでください
どの方法で育てているかを、こちらからたずねて評価することはありません。
11|今日から持ち帰っていただきたい5つのこと
- 「足りているか分からない」は、4割の人が感じています。混合の方は88%が何かに困っていました。
- アレルギー予防については、日本のガイドライン自身が「十分な根拠なし」としています。IQの差も、大規模試験では16歳で消えていました。
- 乳腺炎は「強く搾る・強く揉む」から方針が変わりつつあります。高熱・広がる赤み・残るしこりは受診を。
- 授乳中の骨は5〜10%減り、断乳後に戻ります。カルシウムの上乗せは不要ですが、ふだんの650mgは必要です。
- やめる時期に、根拠のある「期限」はありません。続けるのも、やめるのも、あなたが決めていいことです。
母乳には確かな利益があります。そして、それがすべてではありません。どちらも本当です。
ご相談・ご予約
女性とこどもの保健室は、理学療法士・助産師・看護師・保育士が連携して、妊活から更年期まで女性の体をみる施設です。流山本院は保育士・看護師による託児付き(生後1か月からお預かりしています)、勝どき出張院は完全予約制のプライベートサロン、横浜は産婦人科医と連携した骨盤底筋ケアを行っています。

「病院に行くほどではないけれど、誰かに診てもらいたい」——その段階でのご相談を、いちばん歓迎しています。
本記事は公開されている研究論文および公的統計にもとづく一般的な情報提供です。症状や発達の原因は人によって異なります。個別の状況については、医療機関や専門職にご相談ください。
参考文献・出典
- 厚生労働省「平成27年度 乳幼児栄養調査結果の概要」
- 厚生労働省「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改定版)」
- World Health Organization. Infant and young child feeding (Fact sheet).
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