心のケア

【毎日コラム】ネガティブ・ケイパビリティとは。答えの出ない不安と付き合う力を、研究から考える

ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ないことに耐える力

「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を、最近よく見かけるようになりました。すぐに答えを出さず、分からないことを分からないまま抱えておける力のことです。

体調がすっきりしない。検査では「異常なし」と言われた。妊娠や子育ては、思いどおりに進まない。こどもの発達が気になるけれど、「もう少し様子を見ましょう」と言われた。保健室にいらっしゃる方のお話には、こうした「答えがすぐには出ないこと」がたくさん含まれています。

今日は、精神科医で作家の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)さんの一冊と、VOGUE JAPANの記事を手がかりに、この力について研究で分かっていることを整理します。

1|ネガティブ・ケイパビリティとは

この言葉を最初に使ったのは、19世紀イギリスの詩人ジョン・キーツです。1817年12月、弟たちにあてた手紙の中で、キーツは「不確かさや謎や疑いの中に、事実や理由を性急に求めることなく、とどまっていられる力」について書きました。そして、シェイクスピアはこの力をとても豊かに持っていた、と述べています。

キーツは25歳で亡くなり、この言葉は長く文学の世界の中だけで語られてきました。それを医療の世界に持ち込んだのが、イギリスの精神科医ウィルフレッド・ビオンです。ビオンは1970年の著書『注意と解釈』の中で、治療者が患者さんを前にしたとき、理論に当てはめて早く分かろうとするのではなく、分からなさの中にとどまる姿勢が大切だと論じました。

日本でこの言葉を広く知らせたのが、2017年に朝日選書から出た帚木蓬生さんの『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』です。帚木さんは精神科医になって6年目に、専門誌の論文でこの言葉に出会い、それ以来、診療で行き詰まるたびに思い出してきたといいます。

帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』の表紙
帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』(朝日選書)

本の中では、終末期の医療や、すぐには解決しない悩みを抱える方への関わり、教育、文学など、さまざまな場面でのこの力が語られています。ポイントは、「答えを出す力」が悪いのではない、ということです。問題を見つけてすぐに解決する力(ポジティブ・ケイパビリティ)は、もちろん大切です。ただ、世の中には、すぐには解決できないこと、そもそも答えのないことがあります。そのとき、無理に答えをひねり出したり、目をそらしたりせずに、持ちこたえる力も必要だ、という考え方です。

2|VOGUE JAPANの記事もあわせてどうぞ

ファッション誌のVOGUE JAPANのウェブサイトでも、不安やお悩みとの付き合い方をテーマにした記事が公開されています。医療や心理の専門書とは違う切り口で、日々のモヤモヤとの向き合い方が取り上げられていますので、このコラムとあわせて読んでみてください。

VOGUE JAPAN の記事を読む(外部サイト)

美容やファッションの雑誌でこうしたテーマが取り上げられるのは、「早く答えを出さなければ」というプレッシャーを感じている人が、それだけ多いからかもしれません。

3|研究の言葉では「不確かさへの耐えにくさ」

「ネガティブ・ケイパビリティ」は、もともと詩人の言葉です。そのため、この力そのものを数値で測った研究は、まだ多くありません。心理学では、これに近いものとして「不確かさへの耐えにくさ(Intolerance of Uncertainty:IU)」という考え方が、1990年代から研究されてきました。

IUは、「先のことが分からない状態」を、どのくらいつらく感じるかを表します。たとえば、「予想外のことが起きると、とても動揺する」「はっきりしないと、行動に移せない」といった質問に、どのくらい当てはまるかで測ります。

カナダの研究者カールトン(2016年)は、「分からないことへの恐れ」は、さまざまな不安の根っこにある、基本的な恐れのひとつではないか、と提案しました。また、オーストラリアのマケヴォイら(2019年)がこれまでの研究をまとめたメタ分析では、不確かさへの耐えにくさは、全般性不安症や強迫症だけでなく、社交不安やうつなど、いくつもの心の不調と関連していることが示されました。

ただし、ここは正直にお伝えしておきたい点です。こうした研究の多くは「関連がある」ことを示したもので、「不確かさに耐えにくいから不調になる」という因果関係まで証明したものではありません。不調があるから、先のことを悪く考えやすくなる、という逆向きの関係もありえます。

不確かさへの耐えにくさの研究で分かってきたことと、まだ分からないこと。IUは不安症やうつなどと関連、医療者では曖昧さへの耐性が低いほど心理的健康度が低い傾向、妊娠中のIUに焦点を当てた療法の小規模試験では産後の不安症が通常ケア31.6%に対し0人

4|医療者にも求められる力

ビオンが医療の世界にこの言葉を持ち込んだように、「分からなさに耐える力」は、医療者自身にとっても大切なものだと考えられています。

イギリスのハンコックとマティック(2020年)は、医学生や研修医を対象にした研究をまとめた系統的レビューを発表しました。曖昧な状況への耐性が低い人ほど、心理的な健康度が低い傾向が、研究をまたいで見られました。一方で、研究の多くは一時点での調査で、どちらが原因なのかは分からない、とも述べています。

理学療法の現場でも、痛みや不調の原因が、ひとつにはっきり決まらないことはよくあります。腰痛の多くは、画像検査をしても、痛みの原因となる特定の部位が見つからないことが知られています。そのときに、「原因が分からないから何もできない」と考えるのでも、「きっとここが悪い」と決めつけるのでもなく、体の反応を見ながら、一緒に少しずつ確かめていく。保健室では、そんな関わり方を大切にしています。

5|妊娠・産後は、「分からない」の連続

妊娠中や産後は、とくに「答えの出ないこと」が多い時期です。おなかの赤ちゃんは元気なのか。この痛みは大丈夫なのか。泣きやまない理由は何なのか。母乳は足りているのか。ネットで調べるほど、情報が増えて、かえって不安になることもあります。

この時期の「不確かさへの耐えにくさ」に注目した研究が、カナダで進められています。

フルタドら(2021年)は、妊娠中・産後の女性198人を対象に、不確かさへの耐えにくさを測る質問票が、周産期の不安症を見つける手がかりになるかを調べました。27項目の質問票で64点以上を目安にすると、不安症のある人の89%を拾い上げることができました。

さらに同じグループ(2026年)は、この得点が高い妊婦さんを対象に、「不確かさ」に焦点を当てた認知行動療法(6回)を行う小さなランダム化比較試験を行いました。産後に不安症を発症した人は、通常のケアだけのグループでは31.6%だったのに対し、療法を受けたグループでは0人でした。

とても印象的な結果ですが、解析されたのは35人だけで、1つの施設で行われた「試してみる段階」の研究です。著者たちも、大規模な試験で確かめる必要があると述べています。また、日本ではまだ、この方法を受けられる場所は限られています。妊娠中や産後に不安が強いときは、まずは妊婦健診や産後健診、自治体の保健師さんに、そのまま伝えてください。

考えごとをする女性

6|「耐える」は、「我慢する」ことではない

ここで、誤解のないようにお伝えしたいことがあります。ネガティブ・ケイパビリティは、つらさをひとりで我慢し続けることでも、症状を放っておくことでもありません。

  • 眠れない、食べられない、涙が止まらない状態が2週間以上続く
  • 家事や育児、仕事など、日常のことができなくなっている
  • 自分や赤ちゃんを傷つけてしまいそうな気持ちがある
  • 痛みがどんどん強くなる、しびれや発熱をともなうなど、体の症状が変化している

こうしたときは、「答えが出るまで待つ」のではなく、すぐに医療機関に相談してください。答えの出ない状態に「ひとりで」耐える必要はありません。帚木さんの本でも、この力は、相手のそばにとどまり続ける関わりの中で語られています。分からないまま、誰かと一緒に持ちこたえる。それが、この言葉のいちばん大切な部分だと、私たちは考えています。

7|日常でできる、小さな練習

不確かさへの耐えにくさに焦点を当てた心理療法では、次のような考え方がよく使われます。治療としてではなく、日常の工夫として取り入れられそうなものをご紹介します。

  • 「分かっていること」と「分からないこと」を書き分ける。頭の中だけで考えていると、分からないことが実際より大きく感じられます。
  • 調べる・確かめる回数に気づく。ネット検索や体温・体重のチェックを何度もくり返しているとき、それで安心が続いているかを振り返ってみてください。
  • 「いつまでに決めるか」を決める。今すぐ答えを出さなくてよいことは、考える期限を決めて、いったん保留にします。
  • 小さな「分からない」を経験する。行ったことのないお店に入る、予定を細かく決めずに出かけるなど、結果が分からなくても大丈夫だった、という経験を少しずつ増やします。
  • 人に話す。答えをもらうためではなく、分からなさを一緒に持ってもらうために話す、という使い方もあります。

これらは、効果が確かめられた治療プログラムそのものではありません。不安が強く、生活に支障が出ているときは、心療内科や精神科、公認心理師・臨床心理士などの専門家に相談してください。

8|保健室の視点から

保健室には、「どこに相談すればいいのか分からなかった」という方が多くいらっしゃいます。体の不調も、こころの揺れも、子育ての悩みも、すぐに答えが出るとは限りません。

私たち理学療法士にできるのは、体の状態を一緒に確かめ、変化を見守り、必要なときには医療機関へつなぐことです。答えが出るまでの時間を、ひとりで過ごさなくてよいように。お子さまをお預かりしている間に、ゆっくりお話をうかがうこともできます。

「早く答えを出さなければ」と焦っているときこそ、少し立ち止まってみてください。分からないまま、ここに来ていただいて大丈夫です。

よくある質問

Q. ネガティブ・ケイパビリティとは、簡単に言うと何ですか?

A. すぐに答えや理由を求めず、分からない状態の中にとどまっていられる力のことです。19世紀の詩人キーツの言葉で、のちに精神科医のビオンが医療の世界に広めました。

Q. ネガティブ・ケイパビリティは、鍛えることができますか?

A. この力そのものを鍛える方法を確かめた研究は、まだほとんどありません。近い考え方である「不確かさへの耐えにくさ」については、それに焦点を当てた認知行動療法の研究が進められていますが、規模の小さい研究が中心です。

Q. 不安があっても、我慢して様子を見たほうがいいのでしょうか?

A. いいえ。眠れない・食べられない状態が続く、日常生活に支障がある、体の症状が変化しているといった場合は、早めに医療機関に相談してください。ネガティブ・ケイパビリティは、つらさをひとりで我慢することではありません。

Q. 帚木蓬生さんの本は、どんな人におすすめですか?

A. 医療や教育、介護など、すぐには答えの出ない場面に関わる方や、「早く結論を出さなければ」と焦りやすい方に、考えるきっかけをくれる一冊です。専門書ではなく、一般の読者向けに書かれています。

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本記事は公開されている研究論文および公的統計にもとづく一般的な情報提供です。症状や発達の原因は人によって異なります。個別の状況については、医療機関や専門職にご相談ください。


参考文献・出典

  1. 帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』朝日選書958. 朝日新聞出版; 2017.
  2. Keats J. Letter to George and Thomas Keats, December 1817. In: The Letters of John Keats.
  3. Bion WR. Attention and Interpretation. London: Tavistock Publications; 1970.(邦訳『注意と解釈』)
  4. Carleton RN. Fear of the unknown: One fear to rule them all? J Anxiety Disord. 2016;41:5-21.
  5. McEvoy PM, Hyett MP, Shihata S, Price JE, Strachan L. The impact of methodological and measurement factors on transdiagnostic associations with intolerance of uncertainty: A meta-analysis. Clin Psychol Rev. 2019;73:101778.
  6. Hancock J, Mattick K. Tolerance of ambiguity and psychological well-being in medical training: A systematic review. Med Educ. 2020;54(2):125-137.
  7. Maher C, Underwood M, Buchbinder R. Non-specific low back pain. Lancet. 2017;389(10070):736-747.
  8. Furtado M, Frey BN, Green SM. Validation of the Intolerance of Uncertainty Scale as a screening tool for perinatal anxiety. BMC Pregnancy Childbirth. 2021;21. doi:10.1186/s12884-021-04296-1
  9. Furtado M, Frey BN, Inness BE, McCabe RE, Green SM. Targeting Intolerance of Uncertainty During Pregnancy: A Randomized Controlled Trial to Prevent Postpartum Anxiety Disorders. J Clin Psychiatry. 2026;87(1):25m15979.
  10. VOGUE JAPAN(ウェブ記事)https://www.vogue.co.jp/beauty/article/free-from-anxious-onayami

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